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@ クニマス初登場!!

毒水導入前の田沢湖にはクニマス、ヒメマス、アメマス、コアユ、ウグイ、イワナ、
クナギ、コイなど20数種の魚が生息していた。それが毒水導入によって次々に
死に絶えてしまった。今いるのは酸性に強いウグイだけ。このうちクニマスは世界で
田沢湖以外には生息しない珍種だった。毒水導入によってこの珍種は永久に世界から
姿を消してしまった。クニマスは「幻の魚」と呼ばれるにふさわしい魚だった。それは、
永遠に再び見ることができないという意味で「幻」と呼ばれるのだが、そればかりではない
この魚の生活史が不明であることもその一つだし、毒水導入後、どれほどの年月で
絶滅したかさえはっきりしないこともその一つだ。まさに幻のように消え去ったのだ。
クニマスが世界の学界に「珍種」として登場したのは大正14年、京都大学の川村教授が
アメリカの魚類学者ジョルタン博士に3匹の雄の標本を送ったのに始まる。同博士は
学界未知の新種と断定、オンコリンカス・カワムレーと命名され、クニマスの陸封によって
生じた一変種であるとの意見を発表した。ジョルタン博士が同じ魚類学の
権威マックグレコル教授と共同で発表した研究論文がカーネギー博物館の研究報告に
掲載されたが、それによると、クニマスという名をローカルサモンと英訳しているという
(大島正満博士の「田沢湖の魚族」による)また、このマスはベニマスの陸封変種の
未知種であると断定し、その理由として、平素は湖の深部に生息しているが、
産卵期に限って湖岸の浅瀬に現れることを指摘。さらに、体は黒色で斑点が多く、
網条も無い。構造も特異な点が既知のペニマス陸封種と異なる点だとしている。
大島博士はこの論文について、「果たしてクニマスの陸封によって生じた
一変種であろうか」と疑問を投げる。 当時はクニマスの生活史、生態など
全然不明だったのでこの疑問は学者として当然だったといえる。昭和13年から14年に
かけて当時の魚類学者の最先端にいた大島博士が調査に乗り出した。幾つかの
新発見があったが、決定的にこの疑問を解決することはできなかった。大島博士が
採取したのはいずれも成魚で、雌魚は一匹250粒のダイダイ色の熟卵を蔵い雄魚は
軽く腹部を押せば直ちに射精する状態だった。体色は雌雄ともに灰黒色を呈していた。
体が他の物体に触れて空気と接触しなくなるとその部分の黒色が消え、
マダラになったという。サケ・マス族は生殖時にはその体が黒色になるものが多い。
まだ、アユもヤマメも生殖時は黒色になる。クニマスが黒色だったのは、生殖期だった
ために現れた第二次性徴的なもので、湖底に生息している場合、本来の体色は全く
異っている。ことは容易に想像できると大島博士は述べている。


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