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F クニマス以外の田沢湖魚達の歴史

田沢湖にはヒメマス、イワナ、ウグイ、ナマズ、クナギ、ヤツメクナギ、コイ、フナ、ドジョク
などもいた。養殖放流のヒメマスを除いて、いずれも潟尻川からそ上してきた魚類だ。
「神秘の湖」だけに魚の伝説は多いが中でもコイに関するものが多く、「主のコイを見ると
死ぬ」とか「頭巾(ずきん)かぶりは殺すな」などの伝説がある。いつごろからの伝説かは
知る由もないが、コイは長生きの魚で百年から二百年も生きるといわれているだけに、
ある一匹のコイの伝説が、そのコイが死ぬまで語り継がれたことも考えられ、百年から
二百年のサイクルで伝説が作られ、語られたともいえる。「頭巾かぶり」といわれたコイは
昭和初期まで生きていた。考古学者故武藤鉄城氏の記述では、湖畔の住民ならほとんど
このコイを見ていたという。頭が赤く、体が白い。体長1.2mもあり明治以前から湖畔の
人たちはだれ言うとなく「頭巾かぶり」と呼んでいたというから百年以上のコイとみられる
武藤氏が昭和4、5年ごろ湖畔で採録した話では「死んだのか最近姿を見せない」と
住民がこのコイを懐かしんでいたという。コイは巻き網にかからない。このためコイ漁は
専らヤスを用いた。もっとも、春山地区だけは遠浅になっているため、ひき網にかかる
こともあった。コイ漁に使うヤスは別名袋ヤスともいわれ、穂先が6本になっている。
6本のうち両端の穂先がやや太く、長いのが特徴だ。柄の長さは約6m。必ず杉の
割り材を用いた。総重量は7キロもある。昭和10年6月3日、湖畔の浅利広之助という
人が長さ75与ン、重さ7キロの大コイを取った。ウロコの直径は4センチもあったという。
このとき使ったヤスは柄の長さ7.5m穂先だけで6.5キロもある大型のもの。
突いた瞬間、丸木舟は20mも引っ張られたという。(武藤鉄城著「秋田郡邑魚渾」)
昭和12年ごろ、湖上を化け物のようなコイが泳いでいるのを見た湖畔の人が、家から
猟銃を持ち出して水中目掛けて発射、一発で命中した。鮮血を流してコイが浮き上がった。
体長を測ってみたらなんと1.4mもある超大物。何百年たったものか、ウロコには
モヤモヤと産毛のようなものが生えていたという。(角館町民俗研究家太田雄治氏)
この超大物のコイの話は、武藤氏も記述している。 武藤氏によるとあまりの大きさと、
ウロコの産毛に、せっかく取ったものの、家人は気味悪がって食うことに反対する。
持て余しているところへ旧桧木内村(現在西木村)の役場から「食べてみたいから」と
もらいにきた。「それがどんな味だったか聞きもらしたが、煮た汁を翌日みると、まるで
ビン付け油(髪を固める油)のように固くなっていたという」と書いている。この話、
佐藤西木村収入役に聞くと、「うん、当時私はまだ、役場には入っていなかったが、
後年食べたという人の話は聞いている。
なんともすごいコイだったらしいな」という答えが返ってきた。

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