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このコンテンツでは秋田県の内陸部に位置します
日本一深い湖田沢湖のたつこ伝説についてご紹介させて頂きます。
たつこの伝説をゆっくりとご覧下さい。
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昔、潟の大沢集落から薬師峠を越えて院内岳の向うに院内村(現田沢湖の岡崎)があり
その神成沢という所に三之丞という家があって、その家に辰子という一人娘がいた。
たつこの父は早くに亡くなって、たつこがものごころのついだころは、母と二人暮らしで
あった。たつこは美人でしかも明るく親切で、誰からも可愛がられて、健やかにすくすく
育っていった。娘ざかりになるにしたがってますます綺麗になり、その美貌は近隣に鳴り
響いた。ある日、家の前の小川で髪を洗いながら、水面に映る自分の容姿の美しさに、
自分自身で見とれるほどであった。しかしたつこは、「私を美しいと、みんなが
賞めてくれるのは嬉しいが、この若さはいつまで保てるだろうか。私もやがて結婚し、
母となり、老婆となるだろう。年寄りになって、やがて死んでしまうのが運命だ。
いつまでも若さを保ちたい。どうにかして若さを持ち続けることはできないだろうか」
と思い悩むのであった。若さを保つためには、神仏に祈る他はないと決心した。
たつこ屋敷跡側の山道を登ってゆくと、大蔵山観音堂がある。この大蔵山千手観音像は
昔坂上田村麻呂が東征にあたり、京都清水観音の分霊一寸八分の観音像を
守り神としたが、大同二年戦乱を平定して凱旋するに当たり、大蔵山に安置したもので
その霊験はあらたかで、必ず願いごとをかなえてくれると言われていた。そこでたつこは、
誰にも知られることなく、百日の願掛けをすることにした。秋の初め農作物の収穫が
忙しく、日中の農作業で疲れた母がぐっすり眠った夜更けに、たつこはそっと家を
技け出してお参りをしようと暗い山道を一心に登った。月が出ていれば、自分や樹々の
影が恐しく、月の無い夜は木の根につまずいたり、道を踏み外したり、夜の鳥の鳴き声に
驚かされたりしたが、願いを成就させるには他に方法はないのだと自分白身に納付させ
ひたすら参詣するのであった。毎夜神社に着くと灯明を灯し「私は年をとって醜い老婆に
なりたくないのです。今のままの若さをいつ迄も保つことが出来るように、どうぞこの
願いをかなえてください」と祈った。やがて山々は美しい紅葉に包まれ、そのの色が褪せ
葉が落ちて地面を覆い、木枯らしが吹き、空から白い雪がちらつレいてきたころ、
たつこのお百度参りの満願の日となった。いつものように神社に参って今日が満願の日で
あることを念じながら、祈りを捧げていそのの時微かな、厳かな声が聞こえてきた。
『たつこよ、そなたの切なる祈りを、聞き届けた。雪が消えて春になったら、ここから北の方
一里のところに清い泉が湧き出ている。そこに行って、泉の水を呑むが良い。さすれば、
願いはかなうであろう』と。たつこは身がふるえるような感動に包まれた。
そして我が家に帰りついて床についたのである。長い長いみちのくの冬が過ぎて、
春がやってきた。里には梅、桃、桜、辛夷などが一時に咲き出し、木立の中では鶯、
山鳩、郭公鳥などが賑やかに鳴き交し、野には、わらび、うど、ほんな、しどけ、あいこ、
ひでこなどの山菜が芽生えてくる。天気の良い春の一日、たつこは近くの友人たちを
訪って、満願の日にお告げのあった北の方に、山を越えて山菜採りに出かけた。
空がよく晴れ渡り、麗らかな日射しが、たつこたちの気持を浮き浮きさせた。皆で民謡を
唄ったり、世間話に打ち興じながら、ちょうど採りごろに伸びている山菜をたくさん採った
ところ、昼時になったので、泉のほとりの小川の岸で昼食を取ることになり、友達は
採り残した山菜をもう少し採ってくることになり、たつこは焚火をしながら待っていた。
小川には魚が泳いでいて、手でいくらでも摑み取ることができた。たつこは魚を取って
串にさし、焙りながら友達を待つことにした。ところが魚が焼けるにつれて香ばしい
良い匂いがしてきて、がまんできなくなったたつこはまず1匹食べた。1匹良べると、
もう1匹良べたくなり、一匹又一匹と、友達に食べさせようとした分も全部食べてしまった
のである。ところがたつこは、とたんに咽喉が渇いて渇いてたまらなくなった。
最初は、手で掬って呑んでいたが、渇きは、ますます募るばかり、しまいには、
腹這いになって、口をつけて、がぶがぶと呑んだが、それでも渇きはおさまらない。
その時水面に映ったたつこの顔は、人間の顔ではなく竜の顔になっていた。その時、
天地がまっくらになり、稲光りが闇をつんざき、雷鳴りが轟き、盥の水をひっくりかえした
ように雨が降ってきた。そして、ドド~ンっという地響きと共に、今まで山菜の生い
茂っていた野原が一挙に陥没し、そこに広い湖が現れて竜の姿と化したたつこは、
その中に沈んでいったのである。
(この物語は十和田湖の八郎太郎の話と全く同じであるらしい。)
たつこの友達は幸いに助かったが、たつこの姿が見えないので、ロ々に声を限りに
「たつこや~、たつこ~、たつこ~」と叫んだが答えはなかった。友達は、山菜を背負う
ことなど忘れ、手に手を取り合って夕方にやっと我が家に辿り置き、たつこの母親に
事の次第を告げたのであった。たつこの母はそれを聞くと、燃えさしの焚本を松明代りに
たつこの消えたあたりまで探しに出かけた、院内岳の薬師峠を越えて行くと、今まで広い
野原であった所が、広い広い潟になっていて、波が岸辺に打ち寄せているではないか
たつこの母は、その水面に向けて「たつこ~・たつこ~」と声を限りに叫んだのである。
その声に訪われたのか、暗い水面に巨大な竜が姿を現わしたのである。たつこの母は、
「探しているのは、そのような竜では無い、可愛い娘のたつこだ、本当のたつこを
見たいのだ……」と叫んだのである。すると竜は波間に姿を消し、美しい娘姿のたつこが
現われて、「お母さん、このような姿になって申しわけありません。実は私の姿が永久に
変らないようにと、大蔵観音堂に百夜の願を掛けました。神様が、その願いを聞き
届けられて、ここに大きな湖を作り、私をこの湖の主として、永遠の生命を授けて
くれたのです。もはや人間の姿に戻ることは叶いませぬ。諦めてください。その代り、
魚が必要な時は、いつでもお届けします」と告げるやいなや、再びたつこの姿は波間に
消えたのである。たつこの母は「情けなや、口惜しや・たつこの姿を元に戻して我が
家に返せ」と血を吐くような言葉を湖面に投げかけたが、答えるのは、ひたひたと打ち
寄せる波の音だけであった。たつこの母が燃え残りの焚木を湖面に投げつけたら、
不思議なことにそれが魚となって泳いでいったのである。たつこの母は、涙も声もかれ
果てて、とぼとぼと我が家に帰りついた。その後、たつこの母が魚が欲しいと思った
時には水屋のキツツ(水槽)の中にたくさんの鱒が入っていたと言う。燃えさしの薪が
魚になったと母は思ってこの魚に「木の尻鱒」と名づけたという。
また、この湖は「たつこ潟」と呼げれるようになったのである。
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